アラベスクやジンギスカンはもちろんのこと、その他、70年代後半のヨーロッパ産ディスコ、80年代前半のキャンディ・ポップなどをメインに紹介しています。
「ジンギスカン」/ジンギスカン (ユーロビジョン出演時映像)
2008年05月03日(土) 15:00
言わずと知れたジンギスカンのデビュー・シングル「ジンギスカン」。
ユーロビジョン・ソング・コンテストは、あのアバも1974年にスウェーデン代表として参加。「恋のウォータールー」でグランプリを獲得し、見事世界的成功への足がかりをつかんだのは言うまでもありません。

ジンギスカンは、作曲家でありプロデューサーであるラルフ・ジーゼル氏に見い出された6人により、先ず1979年のドイツ国内予選においてグランプリを獲得。続くイスラエルで行われた本戦では4位という結果でしたが、何と言っても楽曲「ジンギスカン」はそのキャッチーさ、世界的なディスコ・ブームによりヨーロッパ中で大ヒットを記録しました。

「ジンギスカン」
*ドイツ盤(ジャケットには国内予選でグランプリを獲得したことが記載されています)



*ユーロビジョン・ソング・コンテスト出演時映像


そして、この1979年大会でグランプリを獲得したのは・・・ ガリ・アタリ&ミルク&ハニーの「ハレルヤ」という曲でした。開催された国がイスラエルということで、このイスラエル代表に有利に働いたのでしょうか。



しかし、グランプリに値するほどの曲には思えないのは私だけでしょうか・・・。


そして、参加19カ国中、17位というさんざんたる結果だったのが、スウェーデン代表のテッドの「サテライト」。当時はアバの秘蔵っ子とか言う触れ込みで日本でもシングルがリリースされていました。
当時(今も)アバのファンであったBeNは、アーチスト紹介時に、「アバのような」「アバ風の」「アバ・サウンド」など、アバを冠してあると何でも気になって仕方なかったので、このシングルも購入。当時はあまり好きではなかったのですが、今改めて聴いてみるといい曲だなぁと思います。

*スウェーデン国内予選時の映像(もちろん国内ではグランプリ獲得)


スウェーデン語で、「サテリ!」と歌っていますが、英語では「サテライト(人工衛星)」という意味で、確か「僕は君の事を人工衛星のようにいつでも見守っているよ」といったような歌詞だったと記憶しています。

既にスウェーデンでは人気アーチストだったテッドも、晩年は精神疾患を患い、列車に飛び込み自殺。壮絶な死を遂げたようです。合掌。

Comment投稿
管理者にだけ表示を許可する



 | HOME | 

Designed by GALPOP BLOG + GALPOP.NET