アラベスクやジンギスカンはもちろんのこと、その他、70年代後半のヨーロッパ産ディスコ、80年代前半のキャンディ・ポップなどをメインに紹介しています。
エミリー・スターのCD購入について。
2008年06月30日(月) 01:42



エミリー・スターのCD/DVD、購入についてお問い合わせがありましたので、少し判りやすくまとめてみました。
まだ内容に手を加える予定ですが、とりあえず紹介いたします。
エミリー・スターのCD購入について
オランダのアバと呼ばれたシャンペーン!
2008年06月29日(日) 00:19
以前にも「ロックン・ロール・スター」「That's Life」などで紹介したことのあるオランダのアバと呼ばれたシャンペーン。

「オー・マイ・グッバイ」は、17歳の淡い恋を歌った作品で、当時の青春時代を過ごした人たちにとっては、センチメンタルな気分にさせる歌詞だそうです。






♪『BEST OF CHAMPAGNE』


こちらのセクション
で詳しく紹介しています。


「哀愁のピストレーロ」/ジンギスカン
2008年06月27日(金) 00:03
「哀愁のピストレーロ」は日本ではジンギスカンの6枚目のシングル。日本ではチャートインしませんでしたが、本国西ドイツでは最高15位のヒットを記録しました。




振り付けは、ガンマンに扮したメンバーのステップがとてもかっこいい感じです。
他のメンバーは余裕の笑顔でステップしながら歌っていますが、ステップが苦手なレスリー(右端)だけは、やや引きつった顔をしているようです(^^;)。




「哀愁のピストレーロ」タイプの(ジンギスカンのプロデューサーのラルフ・ジーゼル作品の、)Michael Schanze による「Ole Espana」もぜひ視聴してみてください。
「あの愛をもう一度」/アラベスク
2008年06月26日(木) 00:56
アラベスクの楽曲のうち、もっとも冷遇されている曲の一つ。
日本でシングル化されたのに、オリジナル90曲中、75曲も収録されたボックス・セットへも、また、どんなベスト盤への収録も見送られています。
オリジナル・アルバムでは、未CD化の8枚目のアルバムに収録されている楽曲なので、アラベスクのファンでも、日本盤ではアナログでしか入手できないので聞いたことのない人も多いかもしれません。




楽曲のクオリティは高いのですが、かなり後期の楽曲のためまったくヒットはしませんでした。
しかし、当時のロシアのテレビ番組に出演している映像が残っていたようです。



ビクターは当時の歌謡曲(岩崎宏美、桜田淳子、ピンク・レディー、石野真子など)のオリジナル・アルバムがどんどんボーナス・トラックを収録して紙ジャケで再発しており、なかなか良いセールスを記録している様子。
この勢いで、ぜひ洋楽部門においても、アラベスクの未CD化のオリジナル・アルバムに脚光を当ててほしいものです。

「Samurai(サムライ)」/マイケル・クレトゥ
2008年06月25日(水) 01:09
「Samurai」は、1985年にリリースされ、西ドイツで最高12位となった他、ヨーロッパ諸国でトップ10ヒットを記録したマイケル・クレトゥのシングル。
これは既にサンドラが彼のプロデュースで大ヒットした「マリア・マグダレーナ」のヒット効果だと思われ、マイケル・クレトゥ名義でリリースされた楽曲の中でもっともヒットした曲です。
当時、公私共にパートナーであったサンドラが過去に日本で大成功を収めたことなどから、彼女のソロの試験的楽曲に日本について歌った歌に挑戦したり、後に広島について歌った楽曲をヒットさせたりと、日本びいきなのは確かなようです。

この「Samurai」は、マイケル・クレトゥのオリジナル・アルバム『Die Chinesische Mauer』に収録しています。実はこのアルバムは前編ドイツ語なのですが、世界的市場を意識してか、後に英語版の『The Invisible Man』をリリース。曲順が大幅に変更されています。

楽曲は、当時のサンドラのシングル「ヒート・オブ・ザ・ナイト」や、アルバム曲「ドント・クライ」を彷彿とさせる派手派手エレクトロニクス・ポップです。




当時のテレビにも出演したようですが、日本をイメージした演出もどこか変。ありがちですが、まぁ、海外の人がイメージしている日本って、中国と混同していたり、武道も剣道も柔道の違いもあやふやだったりと、こんなものなのでしょう。





エミリー・スター・エクスプロージョンのCD、キタァァァーーーー!!!
2008年06月19日(木) 00:17
本日、遂にエミリー・スター・エクスプロージョンのCD+DVDが届きました!
これ、正にキャンディ・ポップ・ファン、ディスコ・ファンのマスト・アイテムだと思います。
このCDには、日本や本国ベルギーでリリースしたシングルのうち、主なヒット曲「悲しきバラライカ」「ベイビー・ラブ・ミー」「サンチャゴ・ラヴァー」「レット・ミー・シング」「カサノヴァ」など、全18曲を収録しています。

日本では既にソニーのコンピュレーションCD『CANDY POPS!』シリーズにおいて、「悲しきバラライカ」「サンチャゴ・ラヴァー」「レット・ミー・シング」の3曲がCD化していますが、「サンチャゴ・ラヴァー」はベスト盤のほうは5分を超えるロング・バージョンを、また、「レット・ミー・シング」も微妙なバージョン違いを収録しています。

このベスト盤CDには、主なヒット曲は収録していますが、BeN個人としては、「ヘイ・アロハ!」は無視しても良しとしても(^^;)、シングル化された「メリー・ブラウン」「ロックン・ロール・ウーマン」「ゲット・アップ」「ダイナマイト」や、「ミスター・マジック」あたりも収録してほしかったなぁと思います。

CD化は見送られましたが、上記の曲のいくつかはDVDにテレビ出演時映像として収録されております。




で、本日は、CD化は見送られましたが、世界歌謡祭出演時の映像として映像を収録している「メリー・ブラウン」をドーゾ!
ロックっぽい骨太のサウンドです。



司会は坂本九とジュディ・オング。
エミリー・スターのロボット・ダンスも見られますよ!





【CDの購入にあたって】

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「New Beginning」/バックス・フィズ
2008年06月14日(土) 00:12
バックス・フィズは1981年の衝撃のデビュー曲「夢のハッピー・チャンス」でチャート1位を記録した後、1983年までは出す曲のほとんどがベスト10入りを果たしていました。

1986年にリリースされた「New Beginning」(日本未発売)は、「Force 8」というアーチストのカバー曲なのですが、イギリスで8位を記録、久々の大ヒットとなりました。実はこの「Force 8」とは、末期のドゥーリーズによる変名ユニットなのです。

ドゥーリーズも1981年の「アンド・アイ・ウィッシュ」以降、ヒット・チャートから遠ざかっており、メンバー・チェンジなどを繰り返しながら方向性を探っていました。
「New Beginning」はそういった時期(1984年ごろ?)にリリースされたシングルでしたが、まったくヒットせず。
しかしバックス・フィズによりリメイク。見事大ヒットとなりました。



楽曲は、アフリカン・サウンドを基調にした力強いロック。しかし、しっかりとエレクトロニクスな味付けもされており、バックス・フィズのサウンドとなっています。
作者には、ドゥーリーズやノーランズでおなじみのマイク・マイヤーズも名を連ねています。

『THE COLLECTION』の日本盤リリース!
2008年06月10日(火) 00:37
BMGジャパンより、7月23日に『THE COLLECTION』の日本盤が『ザ・ベスト・コレクション』というタイトルでリリースされます。
これまで延期に次ぐ延期で、いったいいつになったらリリースされるのかやきもきさせられた究極の3枚組みボックス・セットの日本盤がいよいよリリース。日本盤なら解説や歌詞カードもつくのでしょうか。
とにかく、これでこのボックス・セットも比較的簡単に入手することができるようになりますね。

↓EU盤(日本盤のジャケットと同じかは今のところ不明です)





それでは、ボックス・セットより「ダディ・クール」を。
この曲はドイツやスイス、オーストリアで1位、オランダで3位、イギリスで6位、アメリカのダンス・チャートでも11位を記録するなど、ヨーロッパを中心に大ヒットを記録しました。






イタリア人アーチストのラファエラ・カッラとの共演。
「EINER VON UNS」/ルージュ
2008年06月09日(月) 00:13
アラベスク解散後、ソロ活動を始め大成功を収めたサンドラを尻目に、残された二人のミシューラとジャスミンも細々と音楽活動を続けていました。
1986年に「Hold On」「The Leader Of The Pack」というディスコ・ソングをリリースしたあと、起死回生をかけて「Einer Von Uns」という楽曲でユーロビジョン・ソング・コンテストの西ドイツ国内予選に参加。12組中6位というまずまずの結果でした。
曲は、歌い上げる感じの壮大なバラードで、これまでの彼女たちのものとは異なるものでした。ユーロビジョンでの勝負曲だったのかもしれません。






個人的には、あまり美人だと思ったことのないジャスミンでしたが、この映像を見る限り、ものすごく美人に思えるのは私だけでしょうか。

こんな貴重な映像が残っているのも、彼女たちがユーロビジョン・ソング・コンテストの国内予選に参加していたからこそです。ユーロビジョンはヨーロッパでは日本での紅白歌合戦くらい人気の高い国民的コンテストで、ファンがたくさんいるとのことです。

ルージュは翌年、「Love Line Operator」という楽曲をリリースしますが、結局西ドイツでは成功を収めることが出来なくて、翌1988年、日本人作曲家の三木たかし氏による「恋はNO TIME」という楽曲にて日本デビューを果たしました。これがものすごく良い曲なんですよ!

ルージュについて記載した本項
も参照してください。

「マリア・マグダレーナ」/サンドラ
2008年06月06日(金) 00:36
試験的にリリースされたシングル「Japan Ist Weit」の後、本格的ソロ活動を始め、公式なファースト・シングルが「マリア・マグダレーナ」(1985年リリース/日本では未シングル・カット)。
この曲はドイツをはじめ、オーストリア、スイス、スウェーデン、ノルウェー、オランダ、イスラエルなどのチャート首位を獲得するなどヨーロッパで大ヒットなりました。

しかしこれは、アラベスク時代、日本でしかヒットのないアーチストという烙印をおされていたサンドラ(アラベスク)が、ヨーロッパのマドンナと呼ばれるくらい人気アーチストとなる物語の序章に過ぎなかったのです。



プロモ映像を見ても、アラベスク時代のアイドル的な要素は感じられず、もはやヨーロッパを代表するエレクトロニクス・ポップのアーチストといった感じです。
哀愁漂うジャケットも秀逸です。



サウンドはもちろんアラベスク時代から公私共に彼女を支えてきたマイケル・クレトゥ。彼のサウンド・センスが開花しています。

なお、この当時の12インチ・シングルはとても凝っていて、どの楽曲も7インチ・シングルとは少し異なるアレンジが施されています。

*5:20以降のところが7インチと異なる部分です





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