アラベスクやジンギスカンはもちろんのこと、その他、70年代後半のヨーロッパ産ディスコ、80年代前半のキャンディ・ポップなどをメインに紹介しています。
「Radio」+「Ring Me, Honey」/ア・ラ・カルト
2008年02月27日(水) 23:55
ア・ラ・カルトは1979年から1985年までドイツを拠点に活動した3人組の女の子のグループ。ちょうど同時期にアラベスクも活動していましたが、アラベスクの「哀愁のマリゴット」(最高8位)ように突出したヒットはありませんでしたが、30位〜50位くらいの小ヒットはいくつかあり、アラベスクよりも知名度や人気はあったようです。
日本では「リング・ミー・ハニー」というシングルしかリリースしていませんが、本国では他にもポップな曲をいくつもリリースしており、ベスト盤CDも数種類リリースしています。



ここに紹介する「Radio」は1983年のシングル。残念ながらア・ラ・カルトのどんなアルバムやCDにも収録されておりません。しかし、彼女らの曲の中でも最もキャッチーでポップなものではないかと思います。



ドイツのテレビ番組出演時映像ですが、途中から新聞を放り投げ、ポケット・ラジオを耳に当てるようなパフォーマンス。「新聞なんか読むのをやめて、みんなラジオを聞きましょう!」とでも歌っているのでしょうか。
これはぜひともCD音源で聴きたいと思う曲の一つです。


ちなみに「リング・ミー・ハニー」はこちら。
映像と音声は無関係ですので、音源のみお楽しみください。




CDについて記載したこちらのセクションも併せてご覧ください。
「悲しき願い」/サンタ・エスメラルダ〜リプライズ
2008年02月26日(火) 00:02
先日、サンタ・エスメラルダの「悲しき願い」をアップしたのですが、生演奏+生ウタ・バージョンでした。
ホンダのスパーダ(SPADA)のCMで使用されているものはレコード音源のものなので、あの独特の臨場感が生演奏ものでは伝わりにくいと思い、今回はカラオケ(レコード音源)に乗せてリロイ・ゴメスが生で歌うバージョンをドーゾ。
こっちのほうがCMに近い感じがしますよ。




そして、前回原曲としてアニマルズの「悲しき願い」を紹介しましたが、アニマルズが初めてヒットさせたという意味で、実はその前年にリリースされた、ニーナ・シーモンというアーチストの「悲しき願い」がホントのホントのオリジナルなのでした。

↓こちらからご覧ください。



これこそまるで別曲です。
「愛はゆれて」/アラベスク
2008年02月25日(月) 23:20
「愛はゆれて」はアラベスクのサード・アルバムに収録されていた曲。日本ではシングル・カットはされませんでした。
ドイツにおいては「傷つけないで」の12インチのカップリングとしてロング・バージョンがリリースされています。(なお、7インチの「傷つけないで」のカップリングは「恋のペント・ハウス」)



「愛はゆれて」はBeN的に、アラベスクの曲の中で最も好きなものなので、この曲の12インチ・シングルを入手したときは本当に嬉しかったですね。その他にもドイツ盤12インチはあるのですが、この曲の12インチ・シングルが最も良い出来だと思います。

B面曲でも、当時ドイツのテレビ番組にも出演して歌ったことがあるようです。
ベース部分でのミシェーラのソロ、サビでのサンドラのソロ、男性ボーカルの掛け合い、ストリングスが効いたミュンヘン・サウンドと当時流行り始めていたコンピューター・サウンドとの融合など…、本当に名曲だと思います。
ステージの感じも華やかで日本でリリースされたDVDに収録している「愛はゆれて」とはまた違った印象ですね。

♪「愛はゆれて(Once In A Blue Moon)」


ちなみに、これは「哀愁のマリゴット」のヒットの1コ前にリリースされました。
「朝日のあたる家」/サンタ・エスメラルダ
2008年02月24日(日) 00:07
最近、ホンダの車(SPADA)のCMにも使用されにわかに脚光を浴びているサンタ・エスメラルダ。
「悲しき願い」の世界的大ヒットの次には、同じアニマルズのカバーで「朝日のあたる家」をリリース。しかし、スマッシュ・ヒットはしたものの前作のような大ヒットにはならかなかったようです。




そして、あまり知られていないかもしれませんが、実はこのセカンド・シングルは、サンタ・エスメラルダ名義を使用しているだけで、ボーカリストやアレンジャーが「悲しき願い」とはまったく異なっているのです。
BeNもこのことについては当時まったく知らなかったのですが、映像を見ると確かにボーカリストの男性の風貌も声もまったく異なるのがわかります。
個人的には「朝日のあたる家」でボーカルを務めているジミー・ゴーイングスより、「悲しき願い」でリードをとっていたリロイ・ゴメスのほうが好きですね。でも、アレンジやメロディとしては「朝日のあたる家」のほうが好きかなぁ。

なぜ、アレンジャーやボーカリストが異なるかという点については、こちらに記載してありますので、興味のある方は訪問してみてください。


♪「朝日のあたる家」/サンタ・エスメラルダ(ボーカル=ジミー・ゴーイングス)
「怪僧ラスプーチン」/ボニーM
2008年02月23日(土) 01:03
ボニーMはドイツを拠点に活躍、ヨーロッパでとても人気が高く、その人気はヨーロッパのみならず日本などのアジア圏やアメリカでもヒットを飛ばしました。
日本での代表曲と言うと「怪僧ラスプーチン」ですが、チャート的にもセールス的にも最もヒットしました。
ドイツでは「サニー」「バビロンの河」「怪僧ラスプーチン」など7曲のNo.1ヒット、イギリスでも「バビロンの河」「メリーズ・ボーイ・チャイルド」の2曲のNo.1ヒットがありました。
また、アメリカでも「バビロンの河」が最高30位のスマッシュ・ヒットを記録しています。
各国で最も売れた曲が微妙に違うのがお国柄を表しているようにも思えますね。



♪「怪僧ラスプーチン」
「ジンギスカン」/Berryz工房
2008年02月17日(日) 00:02
いよいよ、Berryz工房の「ジンギスカン」のPVが公開されたようですね。
でも、なんだか地方の健康ランドの宴会場みたいなステージなんだけど…。舞台もどこかチャイナ風だしー。
メンバーが手でハートのマークを作るフリもありますが、そのノリで可愛いパフォーマンスでまとめて欲しかったですね。

とにかく、これまでは「ジンギスカン」や「めざせモスクワ」のフラッシュが、ネットの世界で脚光を浴びていましたが、メジャー・アーチストのBerryz工房が「ジンギスカン」をカバーしてくれるのですから、ぜひぜひ大ヒットとなることを心から願っております。

…で、よくPVを見たら、観客は若い男の子たちではなく、幼稚園児らしき子どもばかり!
30年前、スクール・ダンスの定番となったことによる、子どもを巻き込んだブームの再来を狙ったのでしょうか。
30年前は予期せず、幼稚園や小学〜高校でブームとなりましたが、今回は最初からそれを当て込んでのPVなんでしょうかね。
それなら、それでミニモニ風な歌詞にでもしちゃえば良かったのにね。

アクセス解析を見ると、最近Berryz工房のファンの方がここをよく訪問してくださっているようですので、ジンギスカンのオリジナル・バージョンの動画をアップしました。

♪「ジンギスカン」/ジンギスカン
1979年6月リリース
オリコン最高12位/16.4万枚





「Love Shine A Light」/Katrina & The Waves 〜 「愛は地球を救う」という感じ。
2008年02月16日(土) 22:01
ユーロビジョン週間のトリは、1997年ESCグランプリ、UK代表のKatrina & The Waves(カトリーナ・アンド・ザ・ウェイヴス)の「Love Shine A Light」(たぶん日本未発売)。
数あるESCグランプリ曲の中から、BeNが個人的にグランプリ中のグランプリに選んだのはこの曲。

しかし、ここまできたらまったくのBeNの自己満足。キャンディ・ポップでもディスコでも、アバ風でもない個人的趣味の世界ですので、興味のない方はスルーしちゃってください。でも、これまで紹介したユーロビジョンでのグランプリ曲に少しでも興味を持ってもらえた方なら、ぜひ見て、聴いて欲しいと思います。


カトリーナ・アンド・ザ・ウェイヴスは、1980年代から活動しているイギリスのバンド。当時は日本でも紹介されていたようです。しばらく人気も低迷していたのですが、ユーロビジョン国内予選でグランプリを獲得、そして本戦でもグランプリとなり、劇的復活を果たしました。
グランプリ受賞曲の「Love Shine A Light」はスケールの大きい愛の歌。イギリスで最高3位を記録しました。歌詞を聴きながら曲を聴くと、ジーンとして目頭が熱くなります。
もし、イギリスに行くことがあったら、ぜったいイギリスのカラオケでこの曲を歌おうと思います。
あっ、たぶん行くことはないと思いますけど、それくらい好きということですよ(^^;)


♪ユーロビジョンでのパフォーマンス



♪「Love Shine A Light」

愛は私のハートをすみずみまで明るく輝かせてくれる
ずっとずっと輝かせて
どんな場所でも魔法のように輝かせてくれる
愛の明かりよ、ハートの隅々まで輝いて

愛は私の夢の一つひとつを輝かせてくれる
ずっとずっと輝かせて
嵐の中で、大河が力強くうねりながら流れるように
愛の明かりよ、夢の一つひとつを輝かせて

ずっとずっと輝いて
みんなのハートを照らして
愛の明かりよ、ハートの隅々まで輝いて

愛は世界のすみずみまで明るく輝かせてくれる
ずっとずっと輝いていて
世界の人々のために
私たちの愛の明かりで世界中を輝かせましょう


translated by BeN


しかし、このような稚拙な和訳ではニュアンスが伝わりにくいと思われますので、元歌詞も載せちゃいました。

Love shine a light, in every corner of my heart
Let the love light carry, let the love light carry
Light up the magic in every little part
Let our love shine a light, in every corner of our hearts

Love shine a light, in every corner of my dreams
Let the love light carry, let the love light carry
Like the mighty river, flowing from the stream
Let our love shine a light, in every corner of my dreams

And we're all gonna shine a light together
All shine a light to light a way
Brother's and sister's, in every little part
Let our love shine a light, in every corner of our hearts

Love shine a light, in every corner of the world
Let the love light carry, let the love light carry
Light up the magic, for every boy and girl
Let our love shine a light, in every corner of the world

And we're all gonna shine a light together
All shine a light to light a way
Brother's and sister's, in every little part
Let our love shine a light, in every corner of my heart

And we're all gonna shine a light together
All shine a light to light a way
Brother's and sister's, in every little part
Let our love shine a light, in every corner of my heart
Shine a light, in every corner of my heart



「love Shine A Light」は、その歌詞などによりヨーロッパ中で愛され続けているようです。
時にはゴスペル風に、時にはアイドルが、時にはライブ・ステージで。さまざまに形を変え、人びとの心にメッセージを発信しているように感じます。

「read more」から、それらを参照してください。

Read more>>

「夢のハッピー・チャンス」/バックス・フィズ
2008年02月15日(金) 00:06
今週はユーロビジョン・ソング・コンテスト(以下ESCと省略)から。

1979年はGali Atari and Milk & Honeyというイスラエル代表のバンドが「Hallelujah」という楽曲で、続く1980年はアイルランドのJohny Loganが「What's Another Year」でグランプリを獲得しました。
「Hallelujah」はどうしてこのような楽曲がグランプリを獲得したのか判らないくらいつまらないポップ・ミュージック、「What's Another Year」はバラードですので今回はスルー。

そして、翌1981年のESCではイギリス代表のバックス・フィズがデビュー曲「夢のハッピー・チャンス」でグランプリを獲得しました。バックス・フィズも男女二人ずつの4人組ユニットで、こちらもUK版アバとしていろいろと比較されることも多かったようです。




以前にもCD『CANDY POPS!』のセクションにおいてバックス・フィズの「夢のハッピー・チャンス」は紹介しましたので、今回はESC参加の際の動画でお楽しみください。

♪「夢のハッピー・チャンス」/バックス・フィズ


ユーロビジョンの生演奏では、オリジナルとは一味違う、60年代のロックンロール風サウンドとなっています。女性二人のスカートをめくるというちょっとエッチなパフォーマンスもしています。


ここまで紹介した下記の楽曲は本当に王道中の王道のポップ・ミュージック。
本当に素晴らしい曲ばかりです。

1974年「恋のウォータールー」/ABBA(スウェーデン)
1975年「愛の鐘の音」/ティーチ・イン(オランダ代表)
1976年「恋はアバニビ」/イズハール・コーヘン(イスラエル代表)
1978年「想い出のラスト・キッス」/ブラザーフッド・オブ・マン(UK代表)
1981年「夢のハッピー・チャンス」/バックス・フィズ(UK代表)

しかし、こうやって見ると、どれもベタなタイトルやなぁ…。

「恋はアバニビ」/イズハール・コーヘン
2008年02月14日(木) 01:04
今週はユーロビジョン・ソング・コンテスト(以下ESCと省略)から。

1977年はMarie Myriamというフランス代表の女性アーチストが「L'oiseau et L'enfant」という楽曲でグランプリを獲得。これはバラードですので今回はスルー。

そして、翌78年のESCではイスラエルのイズハール・コーヘン(とアルファベータ)が「恋はアバニビ」という曲でグランプリを獲得。
当初本人たちもこんな子どもの数え歌みたいな曲は嫌だと思っていたらしいのですが、国内予選でグランプリ。そして本戦でもグランプリを獲得してしまいました!
しかし、楽曲はとてもキャッチー。一聴してすぐに好きになりました。
日本でももちろんリリースしたのですが、残念ながら話題にもならなかったようです。プロモーションのしかたによりヒットの可能性もあったように思うのですが…。



本来なら、イズハールひとりでも良かったのですが、そこはやはりアバの後、ティーチ・インやブラザーフッド・オブ・マンなど男女混合のポップ・バンドがグランプリを獲得する確立が高いと考えたのか、コーラスの男女数名を従え、イズハール・コーヘンとアルファベータとして参戦。見事グランプリとなりました。

♪「恋はアバニビ」/イズハール・コーヘン



そしてイズハールは7年後に再びユーロビジョンへ参戦。この時の参加曲がまたいいんですよ。また次の機会にでも紹介しますね。

「想い出のラスト・キッス」/ブラザーフッド・オブ・マン
2008年02月13日(水) 00:35
今週はユーロビジョン・ソング・コンテスト(以下ESCと省略)から。

ブラザーフッド・オブ・マンは、イギリスのポップ・グループ。1976年のESCにおいてUK代表として「想い出のラスト・キッス」で見事グランプリを獲得しました。そのフォーメーション(男女二人ずつ)やESCにおいてグランプリを獲得したことなどからUK版アバとして活躍しました。



元々は1970年代前半にイギリスにおいて活躍したグループだったのですが、人気が低迷した後、メンバーを総入れ替えして1974年ごろから再活動を始めました。初期の頃は男性メンバーのマーティン・リーがリード・ボーカルをとり、他の3人はコーラスといった感じでしたが、次第にアバ化! 二人の女性がリード・ボーカルを取り、男性二人がコーラスというスタイルに変化していきました。

一発屋となる傾向があるESC出身者の中でも彼らはどちらかと言うと成功したほうで、イギリスやドイツ、オランダなどでも人気があり、イギリスでは「想い出のラスト・キッス」(1976年)、「哀愁のアンジェロ」(1977年)、「フィガロ」(1978年)が、見事1位を記録しています。
近いうちにまたそれらを紹介したいと思います。

しかし、残念ながらその楽曲のクオリティとは裏腹に、アバの成功の陰に隠れてしまったからでしょうか、日本ではヒット・チャートを賑わすことはありませんでした。


♪「想い出のラスト・キッス」/ブラザーフッド・オブ・マン


この頃はまだマーティン・リーがリード・ボーカル。可愛い曲と可愛い振り付け。ちょっと男性メンバーにとっては恥ずかしくないかなぁ…。

ちなみに、この「想い出のラスト・キッス」は、1973年に全米、全英でも1位を記録したドーンの「幸せの黄色いリボン」にソックリ。こんな確信犯的な楽曲でもグランプリを獲得してしまうESCってすごい!



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