アラベスクやジンギスカンはもちろんのこと、その他、70年代後半のヨーロッパ産ディスコ、80年代前半のキャンディ・ポップなどをメインに紹介しています。
「サムライ」/ジンギスカン
2007年12月26日(水) 00:38
ジンギスカンのファースト・アルバムはオン・タイムで聴いていたのですが、最初の印象は「ジンギスカン」「めざせモスクワ」の印象が強すぎて、「あれ?」といった感じでした。好きな曲が他には「プスタ」くらいしかなかったのですが、聴き込むうちに、「ロッキング・サン」「イスラエル、イスラエル」「家に帰って」「サムライ」などもお気に入りになったのをよく覚えています。

「サムライ」は、日本のみのシングル・カット。前作の2作と比べるとそれほどヒットにはなりませんでしたが、インパクトはありましたね。日本をイメージしながらヨーロッパの人が作ると、サムライと言っても、どこか中華風。たぶん西欧の人からすると、中国も日本も同じなんでしょうね。





YouTubeにおいて、ジンギスカンの「サムライ」を使用した映像を発見!こんな映像を見たら、まさにヨーロッパ人はサムライをまるっきし誤解してしまうかもしれませんね(^^)。
これは、1990年に公開された日本映画『ジパング』(高嶋政宏主演)からの映像ですが、よくまとまっていると思います。後半の50人斬りのシーンは圧巻です!





しかし、こうやってYouTubeをいろいろ見ていると、日本のエンターテインメント(特にアニメや映画)のファンって、世界中にたくさんいるんだなぁーと思う次第であります。

フッ、ディヤァァァー!
♪「バラライカ」!
2007年12月25日(火) 02:23
昨日のハロプロつながりで、以前から紹介しようと思っていた楽曲を。
この「バラライカ」という曲は、だいぶ前にyahoo動画で見て、一聴して気に入ってしまい、マジでマキシ・シングルを購入しようか迷っていた作品。(結局買っていませんが…)

彼女(久住小春)は現モー娘。のメンバーで、ソロでも活動しています。作曲はつんく♂かと思ったのですが別の方でした。でも、なんとなく絶頂期の彼が書きそうな曲だと思いませんか?
なお、タイトルのバラライカとは、ロシアの民族楽器の名前。エミリー・スター・エクスプロージョンの曲のタイトルにもありましたね。
楽曲も、振り付けももちろんロシア風。楽しく最後まで一気に見させて(聴かせて)もらえます。

新しいDVDがリリース。
2007年12月23日(日) 03:21
ボニーMの新しいDVDがヨーロッパにてリリース。今回はこれまでの王道を行くものと異なり、少々マニアックな内容です。



詳細はボニーMのDVDセクションをご覧ください。

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サンドラ、離婚か?!
2007年12月19日(水) 23:27
サンドラ・ネットのフォーラムの情報より、良い話題と悪い話題を。

【良い話題】
チェコの新聞が報じた情報によると、サンドラが来年の3月か4月ごろから、新しいアルバムの制作にとりかかるとのこと。詳細な情報はまだわかっておりません。

【悪い話題】
ロシアのあるテレビ番組で、キャスターの質問に対し、(以前から不仲説が取り沙汰されていた)夫(マイケル・クレトゥ)とは別居状態であることや、この別居については初めて公の場で発言したこと、そして既にドイツ人のボーイフレンドがおり、幸せに暮らしていることなどを告白。
キャスターがそれ以上、聞こうとすると、「プライベートなことなので・・・」と口を濁したということです。


普段はほとんどサンドラ・ネットのフォーラムを見ることはないのですが、このブログにおいて、ある方にサンドラの離婚について尋ねられたため、サンドラ・ネットをチェックして参りました。
公式な情報ではありませんが、フォーラムにおいてそういった内容のコメントが投稿されており、新しいボーイフレンドの存在も明かすなど、マイケルとの間はかなり危機的なものであるようですね。

↓下記は、ロシアでの番組の様子を英文に訳されたもののコピペです。

Broadcasters: you have 3 men in your family: 2 boys and a husband
Sandra: yes but I just separated from my husband.
Broadcasters make condolent faces.
Sandra: so it is one year, I leave in my house he leaves in his and the kids went here and there.
Broadcasters: It means that Russian men have a chance?
Sandra: (before the interpreter had time to translate). It is first time I am telling this and it is today appeared in news in Germany. I tell it to you first.
Broadcasters: Yes , exclusive.
Sandra: I am very happy, it is fine, ye.
Broadcasters: But about Russian men, do they have a chance now?
Sandra: No, I have already a boyfriend.
Broadcasters: Yes, wow, you have already! Splendid! And who he is Italian, German, Spaniard?
Sandra: He is German.
Broadcasters: Wow, It means he could find you out nevertheless br>Sandra: (interrupting them) Now it is getting too private, we stop.
Broadcasters: Yes, we understand, well, thank you very much for coming to us, then.

Further are going the best wishes and so on.
The end of the interview.



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オランダで6週連続1位!
2007年12月16日(日) 02:14
オランダ・シリーズのおまけ。

先日からオランダのキャンディ・ポップを紹介している過程で偶然見つけたクリップ。
アニタ・メイヤー(Anita Meyer)の1981年にリリースされた「Why Tell Me Why」は、なんとオランダにおいて6週連続1位を記録。見事その年最大のヒットとなったということです。
う〜ん、さすがに一度聴いただけでクセになりそうなミュンヘン・サウンドです。
彼女のCDは日本でもアマゾンなどで入手できるようですので、ぜひともゲットしたいものです。



なお、彼女は70年代中頃から、90年代までシンガーとして活躍。
現在でも本国オランダにおいてショービジネスの世界で活動しているようです。

♪「Ole Espana」
2007年12月15日(土) 21:52
ジンギスカンは1979年に翌年のモスクワ・オリンピックの応援歌「めざせモスクワ」を大ヒットさせ、また1985年にはサッカー・ワールド・カップのメキシコ大会を踏まえ「めざせメキシコ」をリリースしました。
いっぽう、1982年にはジンギスカンのほとんどすべての楽曲を作曲した、ドイツの国民的作曲家ラルフ・ジーゼル氏により、サッカー・ワールド・カップ・スペイン大会の、ドイツ・チーム公式応援歌として「Ole Espana」という曲が書き下ろされていました。この曲は、Michael Schanzeというアーチストが歌い、当時ドイツで大ヒットを記録。実はこの曲、サッカー・ドイツ・チームがコーラスで参加しているのです!



曲のほうはジンギスカンの「哀愁のピストレーロ」を彷彿とさせるフラメンコ・スタイルのディスコ・サウンド。ジンギスカンのオクラ入りしていた楽曲と思って聴いても良いでしょう。


オランダのアバと言われた、シャンペーン!
2007年12月15日(土) 17:28
オランダ週間?最終日は、シャンペーン。

今週はドリー・ドッツを筆頭に、ラヴ、ドリス・ディー&ピンズ、ティーチ・イン、メイウッドなどを紹介してきましたが、最終日はシャンペーンを紹介。
本当は女の子3人組のベイブとどっちにしようか迷ったのですが、ベイブは映像も音源も見当たらず、また日本ではCDの入手も難しいので、シャンペーンにした次第です。

シャンペーンは1976年から1983年にかけて活動した男女2人組アーチスト(途中メンバー交代があり解散時には3人)であり、特にグループのフォーメーションやその歌声、サウンドから「オランダのアバ」と揶揄されることが多かったようです。1976年の「ロックン・ロール・スター」が本国で2位、ドイツで12位の大ヒット。全米でもリリースされ、ポップ・チャートでは83位の成績を残しています。キャンディ・ポップ・アーチストが全米でのチャートに足跡を残すことはまれなので、シャンペーンとしては、新人アーチストとということもあり快挙だと思います。

この「ロックン・ロール・スター」は日本ではオン・タイムではリリースされませんでしたが、3年後の1979年になってようやくリリース。やはりこれは世界的なアバの人気に乗じたものだと思われます。日本では他に「ブラック・ジャック」というシングルと、デビュー・アルバム『シャンペーン』をリリースしています。



本国ではそのほか、「Oh Me, Oh My Goodbye(邦題:オー・ミー・グッバイ)」が最高3位、「Valentino(邦題:ヴァレンティーノ)」が最高5位、「Light Up My Eyes」が最高11位を記録しました。

シャンペーンはオリジナル・アルバムは1枚、ベスト・アルバムは本国のみのリリースで1枚という、活動としては淋しい感じでしたが、そのクオリティは高く、まさにオランダのアバに匹敵する内容だと思います。
そして2007年になり、ようやくベスト盤CDがリリース。これまでアナログでしか聴くことが出来なかったサウンドを手にすることができ、BeN的には実は今年入手したCDで最も感激したものなのであります。

CDに収録されている楽曲では、上記の他に「Rollerball」「Sjooh Sjooh Sugar」(共に日本未発売)などがオススメです。
当初、このCDはオランダ国内だけのリリースということで、私もリリース時は入手経路がなくどうしようか困惑していたのですが、リリースから半年経って、日本でもアマゾンなどのオンライン・ショップで入手できるようになりました。
このシャンペーンのベスト盤、だまされた(アバの未発表音源だと思って!)と思って買ってみてください。損はしないと思いますよ。


シングル盤のセクション
、(アルバム・ジャケットなども掲載した)マイ・コレクションのセクションも参照してください。


シャンペーンのファン・サイト
のトップ・ページからは彼らの楽曲のメガミックスを聴くことが出来ます(自動的に流れますが、ダウンロードできるまで少し時間がかかるみたいです)ので、ぜひ聴いてみてください。、「Light Up My Eyes」「Sjooh Sjooh Sugar」「Rollerball」「Valentino」のミックスです。どうです、「Valentino」はまさにアバ、「悲しきフェルナンド」とサビが似ていると思いませんか?


メイウッド
2007年12月14日(金) 23:48
オランダ・シリーズ5日目。本日はメイウッド。

彼女らはオランダ出身の姉妹二人組み。1979年にデビューし、翌1980年「Late At Night」が本国オランダで3週連続1位の大ヒット、また翌1981年の「Distant Love」が15位、「Rio」が3位のヒットとなりました。1982年頃までは出す曲、出す曲がベスト20位に入るヒットとなりましたが、以降徐々にヒットからは遠のき、それでも1993年ごろまでは活動していました。

実はそのデビューの年の1979年、第20回世界歌謡祭に「レット・ミー・ノウ」という曲で参加〜来日をしています。しかし、その時は成績は奮わず、シングルもリリースされませんでした。
日本ではその後、本国でのファースト・アルバム『Maywood』はリリースされなかったものの、セカンド『Different World(邦題:恋はパサディナ)』、サード『Colour My Rainbow(邦題:カラー・マイ・レインボウ)』がリリースされました。シングルも3枚「恋はパサディナ」「ディファレント・ワールド」「スター」がリリースされていて、中でも「ディファレント・ワールド」「スター」はチャート・インこそ果たさなかったものの、ホンダのスクーターのCMソングに起用されたので、記憶にある方もいらっしゃるのではないかと思います。



おきれいなお二人で(^^)

最初の大ヒットが「Late At Night」というラテン系サウンドであったため、同様のコンセプトの「Rio」も良いチャート・アクションでした。BeN的には、メジャー・コードは苦手なので、メイウッドの曲の中では「Distant Love」が一番好きです。

彼女と、他のキャンディ・ポップ・アーチストの違いというと、自分たちでソング・ライティングも行うということです。そしてまた、ダンスで魅せるのでもなく、可愛さを強調するのでもなく、洗練された大人のサウンドを聴かせるということではないでしょうか。日本ではキャンディ・ポップ・ブームの終わりごろ、なんとなくキャンディ・ポップ系のように紹介されましたが、本人たちはこのようなくくりということを知ったら不本意と思ったでしょう。

こちらも
参照してください。

♪「Late At Night」


♪「Rio」

♪オランダのキャンディ・ポップ
2007年12月13日(木) 23:36
本日は、ティーチ・イン。彼らもオランダ出身のアーチスト。

ティーチ・インは、1970年前半から後半にかけて活躍した男女混合ユニット。ゲティというリード・ボーカリストを中心に据え、1974年に「Fly Away」(日本未発売)という曲でブレイクしました。その勢いで、前年にアバがグランプリを獲得したユーロビジョン・ソング・コンテストに、「Ding-A-Dong」(邦題「愛の鐘の音」)でエントリー。「見事1975年のグランプリを獲得しています。「愛の鐘の音」はアバをお手本にしたようなキャッチーなポップスで、本国では最高3位、そしてヨーロッパ諸国でもユーロビジョン効果によりヒットしました。

国内では、その後もベスト10ヒットを放っていますが、ユーロビジョン・ソング・コンテストのグランプリ受賞者は一発屋に終る傾向(アバは例外)があり、彼らも国内の活躍とは裏腹に、国外での活躍はそれほど華々しいものではありませんでした。

ティーチ・インは1976年にリーボ・ボーカルのゲティが脱退。二人のシンガー兼ダンサーの女性が代わりに加入。本国ではしばらく大ヒットからは遠ざかっていましたが、世界的なディスコ・ブームの影響もあり、これまでのサウンドとは大幅に異なるディスコ・サウンドの「Dear John」(日本未発売)、「The Robot」(邦題「ロボット」)で、見事返り咲きました。

「Dear John」は、当時『サタディ・ナイト・フィーバー』の世界的ヒットにより、ジョン・トラボルタのことを歌った曲。「ジョン、私にダンスを教えてよ!」と言った歌詞です。

「Dear John」(1978年最高5位)



「愛の鐘の音」のほうは、今度ユーロビジョン・ソング・コンテストについて書こうと思っているので、その時に紹介しようと思います。

ドリス・ディー&ピンズ
2007年12月12日(水) 23:25
引き続き、オランダのキャンディ・ポップを。今回はドリス・ディー&ピンズ。

日本ではキャンディ・ポップ・ブームにいま一つ乗ることができなかったのですが、本国オランダなどではチャート1位の記録を持つアーチスト。日本でのレコード会社がアラベスクやジンギスカンを擁するビクター、もしくはノーランズ、ドゥーリーズ、ドリー・ドッツを擁するエピック・ソニーなどに在籍していたのであれば、レコード会社のプロモーションによりそこそこのヒットも期待できたかもしれません。

日本では「夢見るラヴ・スケーティング(Dance on)」「恋のマリオネット(The Marvellous Marionettes)」「ときめきスクール・ダンス(Dance at the Schoolyard)」「恋のジャマイカ(Jamaica)」の4枚のシングルを1981年から83年にかけてリリース。そして、ベスト・アルバム『THE BEST OF DORIS D & THE PINS』を1981年にリリースしているのですが、このクオリティが非常に高い。どの曲もシングル・カットできそうな曲ばかりなんです。
彼女らの日本でリリースされたシングルのセクションも参照してください。

なお、本国では(当時全米で1位を記録したリップスの「ファンキー・タウン」にインスパイアされたと思われる)「シャイン・アップ」が最高1位、「夢見るラヴ・スケーティング」が最高2位、「恋のマリオネット」が最高8位を記録しています。

ドリス・ディー&ピンズは、リード・ボーカルの女性のデビー・ジェナーとバック・ダンサーの4人のユニット。元々デビーは英国出身のシンガー&ダンサーということですが、デビューしてしばらく後にバック・ダンサー4人が総入れ替えとなり、地元英国から4人の友人を呼び寄せ、ユニットを継続させたということです。最初に辞めた4人もRisqueという名前でディスコ・グループとしてシングルを数枚リリースしています。


♪「シャイン・アップ」
そんなに動いて歌えるのかと思ってしまう




♪「ダンス・オン」
そんなに足を上げんでもと思うのですが・・・




ちなみに、このリード・ボーカルの女性ですが、後年テレビなどで活躍するエアロビクスのインストラクターになり、DVDなどもリリースしたということです。


BeN的にはエミリー・スター・エクスプロージョンと並び、最もCDで聴きたいアーチストですね。


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